1 JPY = 0.03 PLN

テーマ別観光ルート

テーマに沿った旅は好奇心や向学心を強く刺激してくれます。ほかでは見られない景観や豊かな自然の美しさを体験したり、歴史の舞台でタイムスリップを体感してみたりと皆様の興味や関心に合わせて様々なルートが用意されています。

ヴロツワフの駅のひとつシヴィエボツキ駅にある鉄道模型博物館コレイコヴォは、鉄道模型とヴロツワフとドルヌィ・シロンスク地方の街並みや風景を組み合わせた260平米の空間。まるで映画のセットのように精巧な鉄道と建物や景観が、総延長430メートルの線路の沿線に広がります。機関車は15両、客車と貨車は60両、そして車や人や動物などが織りなす世界に入れば、きっと時間を忘れてしまうことでしょう。コレイコヴォ鉄道模型博物館    http://wroclaw.kolejkowo.pl/en   所在地: Świebodzki Station                pl. Orląt Lwowskich 20B, Wrocław   tel. +48 880 008 004    E-mail: biuro@kolejkowo.pl   開館時間: 毎日10:00~18:00
ショパンといえばワジェンキ公園、聖十字架教会、ショパン博物館が思い浮かぶかもしれませんが、意外な場所にちょっとしたショパンスポットがあるのがワルシャワです。少年時代のショパンを知る庭園もその一つ。その場所とはカジミエシュ宮殿Palac Kazimierzowskiとカジミエシュ公園 Park Kazimierzowski(植物園 Ogrod Botanika)です。ヴィスワ川から市街地に向かって広がる傾斜地に位置しており、ちょうどショパンが住んでいた「カジミエシュ宮殿」の裏になります。ショパン一家がこの庭園の鍵を持っていたことから、少年フレデリックの遊び場となっていた場所なのです。そして…物思いに耽り、思索し、恋に悩みと多感な青春時代を見守りつ づけた場所でもありました。ワルシャワの市内観光のついでに立ち寄ってみては?場所はul.Browarnaに面したところで、Googleのストリートビューで簡単に確認できます。カジミエシュ宮殿には、現在ワルシャワ大学の日本語学科があります。1634年にヤン2世カジミエシュ王の夏の別荘として建設され、1815年からはワルシャワ・ギムナジウム(高等学校) がありました、ショパン一家はここに10年ほど住み、父ミコワイはフランス語・文学の教授をしていたことが知られています。一家の住まいはそのギムナジウムの手前の建物で、壁には記念碑があります。場所はul.Krakowskie Przedmiesie 26/28です。fot. NIFC 
ワルシャワ歴史地区の近くにあるミョドヴァ通り(ul.Miodowa)は、楽譜を探すショパンをよく見かけたといわれる場所でした。クルコフスキやK.L.マグヌス、グリュックスベルクなどが経営していた店に立ち寄り、この通りの3番地にあったロマン派の芸術家などが集まったカフェ「ジュルカ」(現存せず)やカピトゥルナ通り(ul.Kapitulna)との角にあったカフェ「ホノラートカ」や「ブジェジンスカ」(ul. Koziaと Krakowskie Przedmieścieの角)にもよく通ったそう。当時はカフェだったホノラートカは、ショパンのいた頃から何度か改装され、現在はレストランになっています。ピアノの詩人に思いを馳せてランチやディナーはいかがでしょう。ミョドヴァ通り近くにはもうひとつショパンお気に入りの場所がありました。ピアノ工房ブーフホルツ(Buchholtz)では新しい楽器を試弾したり、ピアノ職人たちと熱心にピアノについて話し込んでいたといわれます。現在はそのピアノ工房はありませんが、かつてはul. Mazowieckaと Świętokrzyskaの角にありました。  (画像提供 国立ショパンインスティチュート)
ショパンの心臓が安置されている聖十字架教会を出て北に少し歩くと左手にトラウグト通り(ul.Traugutta)が見えます。この通りに沿って進むとスタニスワフ・マワホフスキ広場(Plac Stanisława Małachowskiego)のポーランド・古典様式建築を代表する三位一体プロテスタント教会(Kościół ewangelicki św. Trójcy)が見えてきます。 半球型の屋根に特徴があります。18世紀後半の建物で、前々ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、前法王ベネディクト16世も訪れたことのある美しい教会です。この教会でショパンは合唱隊の一員として歌い、さらに当時新開発された楽器で演奏をしました。その演奏を聴いたロシア皇帝アレクサンドル3世からダイヤのついた指輪を賜ったというエピソードもあります。(日曜日の礼拝の時間しか中に入ることができないので、内部を見学するには事前の連絡が必要)Kościół ewangelicki św. Trójcy住所: plac Stanisława Małachowskiego 1, 01-001 Warszawa, Poland公式サイト: http://www.trojca.waw.pl/ 
歴史的に馬が生活と強いきずなで結ばれてきたポーランドでは、競馬も社交場として人気のある場所でした。1939年に竣工し、今も現役の競馬場として利用されているスジェヴィエツ競馬場はワルシャワ・ショパン空港の近くにある競馬場です。ワルシャワで馬の脚の速さを競ったという記録に残っているのは1777年で、本格的な競馬と競馬馬の飼育の歴史は1841年にポーランド立憲王国競馬協会ができてから始まりました。 当時のレースは現在のルブリン合同広場(Plac Unii Lubelskiej)近くのモコトゥフ・フィールドで行われていました。1863年から翌年にかけての1月蜂起があった際に中断はしましたが、隣国の干渉による厳しい時代にもワルシャワっ子の競馬熱は消えることはありませんでした。競馬はすたれるどころか、1887年にはポーランドの馬がロシア帝国の全ロシア杯を制覇。ワルシャワはヨーロッパでも指折りの駿馬を見られる場所としてその名を馳せたのでした。馬の受難の時代だった第1次世界大戦は、優れた馬たちをオデッサに疎開させて難を逃れ、戦後には再び美しい馬の姿を見られるようになりました。 1920年代になり、手狭になったモコトゥフ・フィールドから競馬場を移すため1925年にスウジェヴィエツに150ヘクタールの土地を調達し、当時のお金で59万ズウォティをかけて建築工事が始まりました。1939年に新競馬場が完成し、同年6月3日に初のダービーがスウジェヴィエツ競馬場で開催されました。しかし、1939年9月1日の第二次世界大戦の開戦により競馬は中断。施設はナチスが軍用施設として徴用したことから、建物はほぼ無傷で残りました。戦後になり、1946年だけで237のレースが開催され、160頭を超える馬が出馬したといわれています。 馬や歴史が好きな方にはとても興味をそそられる施設ではないでしょうか?                              写真 Tor Służewiece ワルシャワの競馬場にお出かけになってみませんか?レースの日程および入場券等についての情報は下のホームページ(英語)にくわしく掲載されていますのでごらんください。 公式サイト http://torsluzewiec.pl/?lang=en Facebook  https://www.facebook.com/TorWyscigowKonnychSluzewiec/
ショパンは1828年ベルリンからの帰りにポズナンを訪れ、ポズナン大公国総督の宮殿(現在の市役所)でサロンコンサートを開きました。
ショパンが1824年、25年の夏を過ごしたシャファルニア。ここはワルシャワの北東140km、古城で知られるゴルブ=ドブジンや世界遺産の中世都市トルンにも近い場所にあります。
今日はすてきなウッチの街角アートをご紹介しましょう。この街の歴史はポーランド、ドイツ、ロシア、ユダヤの四文化のクロスロードでした。多彩な文化背景を持つ魅力的なウッチはワルシャワからバスや電車でわずかに2時間。日帰りでも十分楽しめます。
ポーランド最古の王朝ピアスト朝は960年ごろから1370年まで400年以上にわたって国を治めました。そのピアスト朝ゆかりの地のひとつがビスクピン。ビスクピンの近辺には王朝の歴史をたどることができるコースがあり、ピアスト王朝街道Szlak Piastowskiという観光ルートになっています。王朝街道の中心になっているのはグニェズノ。人口7万人ほどの小都市でポズナンの東50kmに位置しています。ポーランドの歴史に興味があれば、なんとしても立ち寄ってみたい都市です。
ジフリンŻychlinはワルシャワの西90km、ウッチ県にある人口9千人弱の町。ここは19歳のショパンが領主ブロニコフスキ家の娘メラニアの結婚披露宴に参加するために1829年9月に3日間滞在した場所です。

旅行を計画する

旅行を計画する
人数は?
1
期間は?
2 
ニュースレター配信登録をする